今さら聞けない、食品の「トレーサビリティ」を法規制を中心に徹底解説!

消費者の安全・安心に対するニーズやエシカル消費に対する関心の高まりなどを背景に、食品トレーサビリティの重要性が高まっています。ブロックチェーンやAIを活用した取り組みも増えており、ニュースなどでも取り上げられる機会が増えています。

また企業の垣根を超えたプラットフォームの提供、食品衛生法の改正など、関連するさまざまな動きも見逃せません。

トレーサビリティについて理解を深めるためには、食品業界の動きを知ることが近道です。本稿では、業界外”の人でも理解しやすいよう、食品トレーサビリティの基本について簡潔に説明します。

トレーサビリティとは 

トレーサビリティとは、追跡できること(=トレース(追跡)+アビリティ(能力))を意味する造語です。品質管理の分野では、「(製品やサービスなど)対象の履歴,適用又は所在を追跡できること。」Q 9000:2015)を指します。

それには材料や部品、処理の履歴が辿れること、または製品・サービスを提供した先を把握できることが含まれます。ちなみに前者をトレースバック、後者をトレースフォワードと呼びます。 

トレーサビリティについては、次の記事で詳しく解説しています。
https://blog.rflocus.com/traceability/

食品業界におけるトレーサビリティについて

トレーサビリティは、製造業やIT業界、物流業界などさまざまなところで取り組まれています。なかでも早くから取り組みを始め、消費者にとっても身近なのが食品業界です。パッケージに印字されたQRコードから、生産者情報が確認できるようになっている卵や農産物も珍しくありません。

食品トレーサビリティとは

前項ではトレーサビリティの定義としてJISを紹介しましたが、食品分野では別途、国際的な食品規格のコーデックス(CODEX)で定義されています。

コーデックスでは、「生産、加工及び流通の特定の一つ又は複数の段階を通じて、食品の移動を把握すること食品の移動を把握すること」と定義されています。(CDEX- 2004)

具体的には、食品の移動経路を辿れるように、生産、加工、流通といったそれぞれの段階で、入荷と出荷に関する記録を作成・保存します。紙に手書きする方法のほか、バーコードやRFIDで管理する方法があります。

万が一異物混入や食中毒が発生した際に、原因を速やかに遡及し、問題のある食品がどこへ配送されたかを追跡することができます。

食品トレーサビリティは、世界的にも拡大傾向にあります。調査会社​グローバルインフォメーションの発表によると、グローバルの食品トレーサビリティ市場規模は2020年に168億米ドル、2025年には261億米ドル(約2.8兆円)に達すると予測されています。

食品業界でトレーサビリティが求められる3つの背景

では、なぜ他の業界と比べて食品業界ではトレーサビリティが求められているのでしょうか。

以下の3つの理由が挙げられます。

1つ目は、かつて国内で食の安全を揺るがす事件が起きたことです。2001年に国内で最初の感染牛が発見された狂牛病のほか、米の産地偽装事件、食品の異物混入事件などが発生し、トレーサビリティの重要性が高まりました。

それだけではなく、アレルギー表示の欠落、賞味期限の誤表示など食品事故にはさまざまなものがあります。適切な対応のためにトレーサビリティは不可欠です。

2つ目は、消費者の食の安全に対する関心が高まっていることが挙げられます。どんな原材料を使っているのか知りたいというニーズのほか、米偽装問題などで食品が適切な取り扱いをされているか知りたいというニーズの高まりがあります。

そのため、企業の信頼性を保ち、消費者の安心・信頼確保を明確にする意味でもトレーサビリティの役割は高まっています。

3つ目は、SDGs(持続可能な開発目標)に代表されるような、社会的に良い行動をしたいという風潮が広がっていることです。道徳的、倫理的に正しいと思われる方法で製造された商品を購入・消費する「エシカル消費」への意識も高まっています。

たとえばチョコレートであれば、原料となるカカオ生産で児童労働や不当な労働条件などが問題視され、適正価格で原料を購入するフェアトレード製品を選ぶ消費者も増えています。

フェアトレードの基準では、トレーサビリティの確保として「フェアトレード認証原料は通常品と混ぜることなく区別して管理していること」と定められています。その流れを受けて食品トレーサビリティが広がっています。

食品トレーサビリティに関連する法規制

ここでは食品トレーサビリティに関連する法律として、国内外の3つの規制を紹介します。

牛トレーサビリティ法と米トレーサビリティ法は、「何か問題が起きた場合に対応できるためのしくみ」であり、HACCPは「そもそも問題が起きないように未然に防ぐためのしくみ」であることに違いがあります。

またHACCPは製造過程における履歴記録のため、出荷後の流通過程をトレースすることはできません。

牛トレーサビリティ法

牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法(牛トレーサビリティ法)」とは、BSE(狂牛病)のまん延防止や個体識別情報の提供促進などを目的に2003年12月に施行されました。

国内で生産する全ての牛が対象で、10桁の個体番号が印字された耳標をつけてデータベースで管理します。その牛が食肉に加工されてからも個体番号が紐づいているため、インターネット上で生産履歴を確認できるようになります。

米トレーサビリティ法

米穀等の取引等に係る情報の記録及び産地情報の伝達に関する法律(米トレーサビリティ法)」とは、米や米加工品を対象にした法律です。

米、米加工品の流通過程で問題が生じた際に原因を速やかに特定する目的で、生産、販売、提供までの各段階で取引等の記録を作成・保存することが義務化されています。

また米の産地情報を取引先や消費者に伝達する目的もあります。

HACCP(ハサップ)

HACCP(Hazard Analysis Critical Control Point)とは、危害/分析/重要/管理/点 という単語の頭文字を取ったものです。アメリカではじまった食品製造における安全管理手法のことを指します。コーデックのHACCP7原則に沿って管理を行います。

HACCPに沿った衛生管理に関する基準(厚生労働省資料より抜粋)

1:危害要因の分析
2:重要管理点の決定
3:管理基準の設定
4:モニタリング方法の設定
5:改善措置の設定
6:検証方法の設定
7:記録の作成

食品の製造工程において、被害を未然に防ぐことを目的に行われます。2021年6月には改正食品衛生法が完全施行され、全ての食品等事業者に対してHACCPによる衛生管理が義務化されます。

これにより大手メーカーだけではなく、街中の豆腐屋やパン屋のような小規模事業者であっても、衛生管理計画の作成や記録が必要になります。

従来の衛生管理とHACCPの違い

従来の衛生管理は、製造した後に最終段階で検査をして異常を発見する方式です。それに対してHACCPは、プロセスごとにチェックを行う方式のため、異物混入などを未然に防止できる点が異なります。

食品トレーサビリティの課題

他の業界と比較して進んでいる食品業界のトレーサビリティですが、課題もあります。

まず法律で義務付けられているのは米と牛に限定していることです。2020年に農林水産省が公表したアンケート調査では、食品加工流通業者による入・出荷記録の作成・保存を実施しているのは約8割、入荷した原料と製造した製品を対応づける記録を保存しているのは約6割でした。(出典:https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/trace/attach/pdf/index-103.pdf

次に、システム化が進んでおらず、手書きで記録している企業が多いことです。先の報告書によると、畜産加工品、水産加工品の製造業における「製造・加工に関する記録」を電子データで保存しているのは約2割でした。

食肉加工品製造業者の団体へのインタビューでは「現場での製造記録は手書きの部分がほとんどであり、記録する手間が作業者の負担になっている」との声が紹介されています。

トレーサビリティは重要ですが、そのために作業負担が増えてしまうのは問題です。また企業単位で管理しているところが多く、製造業者側でトレーサビリティを行っていても、物流業者の段階で途切れてしまうなどの問題があります。

そこから作業者負担の軽減や、サプライチェーン全体でトレーサビリティを実現することが課題になってきます。

課題解決のためには企業間、業界間で情報を共有する仕組みづくり、情報を記録しやすいシステム開発が求められています。IoTなどによって記録を自動化する仕組みづくりも重要です。

食品トレーサビリティの今後

食品トレーサビリティを考えるうえで、IoTやブロックチェーンなどのテクノロジーの活用は欠かせません。大手メーカーを中心に実証実験も盛んに実施されています。

IT企業のIBMでは、食品業界全体のトレーサビリティプラットフォームとして「IBMフードトラスト」を提供、ドール、カルフール、ウォルマートなどが利用し企業の垣根を超えたプラットフォームとしての活用が期待されています。国内でも凸版印刷らが、食品追跡管理プラットフォーム「foodinfo」を活用し、トレーサビリティだけでなく食品ロス削減を目指した実証実験を実施しています。追跡に留まらない、より高度な取り組みが実現しはじめています。

トレーサビリティの今後として、デジタル化・システム化は非常に重要です。

2017年、週刊ダイヤモンドが京都の米卸企業が国産米の産地偽装を行っているとした記事を発表し、大きなニュースとなったことがありました。

企業とJA京都側は記事内容を否定、農林水産省でも米トレーサビリティー法に基づいて保存された取引記録等を検証し、外国産米の混入が疑われる点は確認できなかったと公表しました。しかし謝罪広告や損害賠償を求めた裁判では、米卸企業側の訴えは退けられました。

これは米トレーサビリティ法で記録していても、身の潔白を証明できなかったと言えなくもありません。

IoTによる自動記録やブロックチェーンによる改ざん防止技術は、問題が起きた際に正当性を主張する証拠としての役割も果たします。トレーサビリティの価値を最大限生かすためにも、新しい技術は積極的に取り組むことが求められるでしょう。

まとめ

食品トレーサビリティは、安全・安心を担保する技術として企業側からも消費者側からもニーズが高い取り組みです。

現在はアナログ作業で記録している部分も多いですが、IoTやブロックチェーンなどのIT技術により、将来的には追跡だけでなく食品ロス削減など多様な課題解決の手段としての活用も期待されています。今後はあらゆる食品でトレーサビリティが進むだけでなく、管理のデジタル化・高度化も進むと見られています。

トレーサビリティの将来を見据える上で、食品業界での取り組みは、製造業をはじめ他業界でも大いに参考になるでしょう。