製品の製造工程や流通経路の透明性を担保する手段として、「トレーサビリティ」の重要性が増しています。食品や医療業界での取り組みが盛んで、RFIDやブロックチェーンといったテクノロジーも積極的に活用されています。
グローバルで見ると、食品トレーサビリティ市場は2025年に2兆1840億ドル、医薬品・医療向けトレーサビリティ市場は2024年に42億1000万ドルになる、と予測されており、日本でも多くの企業でトレーサビリティへの対応が必要になるでしょう。
参考資料:ブロックチェーン・ベースのトレーサビリティー:アジアのブロックチェーンスタートアップ企業の動向
参考資料:「医薬品/医療向けトレーサビリティ・ソリューションの世界市場:製品別、用途別2024年予測」最新調査リリース
そこで本稿では、これからトレーサビリティに取り組む企業が全体像を把握できるよう、基本的な解説に加え、先進的に取り組む食品・医療分野での事例をご紹介します。ぜひ最後までご覧ください。
トレーサビリティとは?意味や種類など基本的な知識をご紹介
トレーサビリティは、製品とその移動履歴を結び付けるしくみです。書類で記録・保管する、ユニークなIDを付けてモノと情報を結び付けるなどの方法で管理します。
トレーサビリティの意味
トレーサビリティとは、追跡を意味する”Trace”と能力・可能性を意味する”Ability”を組み合わせた言葉です。製品に使用した原材料や部品の製造販売元に関する情報、処理履歴などを記録し、履歴を追跡できるようにすることを指します。
品質マネジメント規格であるJIS Q9000では、トレーサビリティを「対象の履歴,適用又は所在を追跡できること。」と定義しています。
参考資料:JIS Q 9000:2015(ISO9000:2015)
トレーサビリティの2つの考え方
トレーサビリティには「トレースフォワード」と「トレースバック」という2種類の考え方があります。これらは、履歴を追跡する方向の違いによります。どちらかができればよいわけではなく、トレーサビリティが機能するためには両方できることが必要です。
・トレースフォワード(トラッキング)
「フォワード(forward:前方に)」とつくように、時系列に沿って追跡する考え方をトレースフォワードと呼びます。作り手(メーカー)側が前、消費者側が後ろと考えて、メーカーから中間流通業者、小売業者、消費者へと履歴を追跡していきます。
製造過程で部品に不備が見つかった場合に、トレースフォワードによってその部品が使われた製品を特定できます。
・トレースバック(トレーシング)
「バック(back:後方に)」とつくように、時系列にさかのぼって追跡する考え方をトレースバックと呼びます。トレースフォワードとは逆で、消費者側から小売業者、中間流通業者、メーカーへと履歴を追跡していきます。
仮に、食品に異物混入が起きた場合、トレースバックにより問題があるロットを特定し、速やかに回収する対応を行えます。
トレーサビリティの種類
トレーサビリティは目的の違いにより「チェーントレーサビリティ」と「内部トレーサビリティ」に大別されます。一般的にトレーサビリティと言った場合には「チェーントレーサビリティ」を指します。
・チェーントレーサビリティ
チェーントレーサビリティのチェーンは「Chain:連鎖」という意味で、サプライチェーンのチェーンと同じ意味です。商品がどのように流通したのか、移動履歴や製造工程、原材料などを追跡できます。卵にコードが印字されていて生産農場やパック詰めされた工場が検索できるようになっているのはチェーントレーサビリティに該当します。
・内部トレーサビリティ
内部トレーサビリティとは、品質向上や作業工程の把握を目的として工場・企業内部で実施する商品追跡管理です。製造過程における製品や部品の存在場所、検品結果、移送コンテナ、納品先などを追跡できます。チェーントレーサビリティが安全性のために流通工程の履歴を追跡するのに対し、内部トレーサビリティは主に企業が製造工程を効率化するために行います。
トレーサビリティの必要性とは?
トレーサビリティは、効率的にモノの移動履歴を把握する方法として非常に便利です。特にチェーントレーサビリティは、自社が製造した製品に万が一欠陥や不具合があった際に、どのロットで、どの工場で、問題が発生したかを短期間で追跡し、迅速に対応することに役立ちます。今の時代は流通経路が複雑なため、トレーサビリティを実施していないと履歴を追跡するのは困難でしょう。
トレーサビリティのメリット
トレーサビリティを導入するメリットは、主に以下の4つが挙げられます。
①最短・最小コストで問題の特定が可能
トレーサビリティで流通経路を記録することで、製品に不具合が発見された場合でも最短かつ最小コストで該当製品を発見、対応することができます。これにより被害を最小限に抑えることができます。
②消費者の「安心・安全」ニーズを満たす
トレーサビリティは消費者側の「安心・安全」に対するニーズにも合致します。購入した製品がどのような原材料から、どのような場所で製造されたかを追跡できる仕組みを提供することで、消費者に安心感を与えることができます。
③透明性でブランド力・競争力強化
トレーサビリティを確保し消費者に情報を開示することで、適正な材料を、適正な方法で製造していることをアピールできます。
食品や衣料品では「エシカル消費(※1)」が注目され、同じ商品であれば材料や工程・過程が明確な方を選ぶなど、流通経路の透明性が求められています。トレーサビリティに取り組むことによって自社のイメージアップや競争力強化が期待できます。
※1.エシカル消費(倫理的消費):社会、環境、人に配慮した消費行動のこと。地産地消、フェアトレード商品など生産地や製造工程を意識した商品購入などがエシカル消費に該当する。
④製造責任の明確化と意識向上
トレーサビリティで製造工程を追跡できると、トラブル発生時の責任が明確になります。これにより製造側が正しいプロセスで高品質な製品を製造しようという意識向上に繋がります。
食品・医療業界のトレーサビリティを徹底解説
トレーサビリティは様々な業界で実施されていますが、本稿では食品・医療業界におけるトレーサビリティについて解説します。
食品業界のトレーサビリティについて
食品のトレーサビリティとは、FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)が合同で設立した国際食品規格委員会(Codex Alimentarius Commission)で2004年に合意された「生産、加工及び流通の特定の一つ又は複数の段階を通じて、食品の移動を把握できること」、または食品トレーサビリティ規格であるISO22005における「生産、加工及び流通の特定の1つ又は複数の段階を通じて、飼料または食品の移動を把握できること。」(ISO 22005:2007)と定義されています。
食品業界はトレーサビリティが進んでいる業界で、牛肉と米および米加工製品についてはトレーサビリティが法律で義務化されているほか、水産物でも水産庁がガイドラインを策定するなど取り組みが進んでいます。
背景には2001年に国内で初めて感染が確認された牛海綿状脳症(BSE)や2008年に食用に適さない事故米が食用に横流しされる問題、相次ぐ産地偽装などによる消費者の食品に対する安全・安心への意識の高まりがあります。
食品トレーサビリティにより、食中毒や違法な流通などがあった場合は、迅速な対応ができるようになっています。
・米トレーサビリティ
日本の主要食糧である米、そして米菓や酒類などの米加工品については、安全性に何らかの問題が生じた際に消費者への対応を速やかに行うため、また米の産地情報を消費者まで届ける目的で「米穀等の取引等に係る情報の記録及び産地情報の伝達に関する法律」(米トレーサビリティ法)が制定、米トレーサビリティ制度が運用されています。
具体的には、米および米加工品に関する取引等の記録の作成・保存(トレーサビリティ)と産地情報の伝達が農業関連事業者、小売販売業者、外食業者等に義務付けられています。これにより不正な流通を防止することや表示の適正化を図っています。
・牛肉トレーサビリティ
牛肉に関しては、BSE防止措置の実施や個体識別情報の提供促進などを目的として「牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法」(牛トレサ法)が制定、牛トレーサビリティ制度が運用されています。
具体的には国内で飼育されるすべての牛に10桁の個体識別番号が印字された耳標を装着して情報をデータベース化した上で、肉が加工・流通する過程でも個体識別番号を表示することを義務付けています。牛の個体識別にはRFIDが利用されています。
これにより牛の出生、異動から肉または肉加工品として消費者の手元に届くまでが追跡可能になります。
・水産物トレーサビリティ
水産物に関しては、水産庁から「輸出のための水産物トレーサビリティ導入ガイドライン」が2018年に公開されています。これはヨーロッパのEU・IUU 漁業規則やアメリカの水産物輸入監視制度など、海外で輸入水産物のトレーサビリティを求める制度が設けられていることを受け、国内水産事業者が輸出に際して海外のトレーサビリティ制度に対応できるように取り組み事項をまとめたものです。
医療業界のトレーサビリティについて
医療トレーサビリティとは、医薬品や医療機器・医療材料等の製造・流通過程を情報開示することです。メーカー、流通業者、サービス提供者の責任を明確にするとともに、利用者の「知る権利」を保障する目的で実施されています。
・医薬品のトレーサビリティ
2019年11月に改正薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律等の一部を改正する法律)が成立したことにより、医薬品の安全な流通、トレーサビリティを目的とした医療用医薬品へのバーコード表示が義務付けられました。(2022年12月1日施行)
参考資料:医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律等の一部を改正する法律(令和元年法律第63号)の概要(厚生労働省)
さらに2021年4月以降には、原則として、内用薬・外用薬に商品コード、有効期限、製造番号等の情報を含むGS1データバー表示が求められています。
※GS1データバーとは国際標準のバーコード形式
・医療機器のトレーサビリティ
医療機器分野では、UDI(Unique Device Identification)と呼ばれる医療機器の個体識別を行う国際的なルールがあり、ハサミやメスのような洗浄して使う小型の機器はGS1コードの印字が義務化されています。さらに2019年には米国の医療機器および体外診断用医薬品(IVD)の製造・販売会社からなる団体、米国医療機器・IVD工業会(AMDD)が、カテーテルなど医療機器の管理をRFIDで行うことを決定、併せてRFIDタグの書き込み情報としてGS1推奨フォーマットとUHF帯の使用をAMDD推奨形式とすると発表しました。
またヒトや動物由来の細胞を使用した再生医療等製品については、日立が医療機関や製薬企業らと共同で再生医療等製品のトレーサビリティプラットフォームを開発、2021年の実用化を目指しています。
トレーサビリティの管理についてご説明
トレーサビリティの円滑な運用には自動で情報を記録する仕組みが必要です。それを支援するためにトレーサビリティシステムやトレーサビリティツールなどがあり、識別手段としては従来のバーコード・QRコードに代わりRFIDが利用されています。
トレーサビリティシステム
トレーサビリティシステムとは、製品の製造から流通、消費者の手元に届くまでの履歴を登録・追跡するプラットフォームのことです。IBMが開発した食品トレーサビリティシステムの「Food Trust(フードトラスト)」には、カルフール、ネスレ、ユニリーバなどが参加しています。
国内では後述する日本通運、アクセンチュア、日本インテルが開発した医薬品流通トレーサビリティシステムやベジテック、カレンシーポート、三菱総合研究所の3社が共同開発、実証実験を行った食品トレーサビリティプラットフォームなどがあります。
トレーサビリティツール
トレーサビリティツールとは、ソフトウェアの開発履歴を管理するツールです。開発したシステムに不具合が発生した場合に不具合が起きた箇所や影響範囲を明確にする目的で利用されています。社会的にトレーサビリティの重要性が高まっていることを受け、医療機器ソフトウェアの安全規格IEC62304や自動車向け機能安全規格ISO26262、機能安全規格IEC61508などでトレーサビリティの確保を求めるなどソフトウェア開発におけるトレーサビリティは必須事項になっています。
ソフトウェア開発のトレーサビリティ実現をサポートするツールを販売する企業もあるため、これからトレーサビリティに取り組む企業は参考にしてみてはいかがでしょうか。
RFIDによるトレーサビリティ
RFIDとは、無線通信による個体識別技術です。製品にRFIDタグ(ICタグ)を付与し、移動履歴と結び付けて記録します。輸送用のコンテナ側に位置情報等を取得するセンサーを取り付け、拠点ごとにデータを取得する機器を設置することで、拠点通過時に情報を取得してクラウド上で紐づけて輸送状況を共有することができます。
バーコードと比較してコストは高くなりますが、コンテナの中など見えない場所や距離が離れた場所でも読み取りできる、自動で移動履歴を書き込める等のメリットがあります。
RFIDに関しては、こちらでも詳しく解説しています。ぜひご覧ください。
RFIDとは?最新動向と活用事例を解説!
トレーサビリティシステムへのブロックチェーンの応用について
ブロックチェーンとは、分散型台帳技術とも呼ばれるデータを記録・管理するしくみです。インターネットに接続した複数のコンピュータ同士でデータを共有することで、データが改ざんできないようにします。もともとは暗号資産のビットコインの基幹技術として開発された技術ですが、改ざんできないという特性からさまざまな分野で活用されています。
トレーサビリティでも、従来は各社それぞれがデータベースを構築し情報を記録していたため、企業間をまたがる情報共有がしにくいという課題がありました。しかし、同一ブロックチェーン上に情報を書き込むことで共有やデータ連携が容易になるだけでなく、一度書き込まれた情報は改ざんできないため偽造防止にも役立っています。
ここではトレーサビリティでブロックチェーンが使われている事例を2つご紹介します。どちらの事例もプラットフォームを用意してRFIDやセンサーから取得した位置情報などの情報をブロックチェーンに書き込んで履歴を管理します。
ブロックチェーンについては、こちらで詳しく解説しています。ぜひご覧ください。
5分でわかるIoTとブロックチェーンの関係性!国内の活用事例とあわせて徹底解説!!
日通、ブロックチェーンで偽造医薬品を排除
日本通運はアクセンチュア、日本インテルらと医薬品を対象にしたブロックチェーンによるトレーサビリティシステムを開発、2021年の構築を目指しています。これは医薬品にRFIDタグを付与し、輸送するコンテナ側に設置した位置情報センサー等の情報をデータ取得機器がある拠点を通過した時点で取得、ブロックチェーン上に書き込んで情報を共有します。
万が一悪意のある第三者がRFIDタグを途中で貼り替えたとしても、ブロックチェーン上でデータが一致しない場合は排除できるようになっています。
同社では、原料の輸出入から医療機関への納入まで一連の過程をリアルタイムで追跡できるようにしてメーカー、卸、医療機関などと共同で利用する考えです。将来的には高級ブランド品への転用も視野に入れているそうです。
米大学でスポーツ用品、衣料品などのトレーサビリティ実証実験
米アラバマ州にあるオーバーン大学(Auburn University)のRFIDラボでは2020年3月、Linux Foundation が管理するオープンソースのブロックチェーン基盤Hyperledger Fabricを活用したトレーサビリティシステムを活用する「Chain Integration Project(CHIP)」の実証実験結果を公表しました。これはスポーツ用品大手のナイキ、衣料品メーカーのハーマン・ケイなどと共同で実施したもので、2019年1月から12月までの期間で約22万個にもおよぶ商品の流通履歴を記録し、トレースできることを確認したそうです。具体的にはメーカー3社の製品にそれぞれRFIDタグを付与し、各拠点を通る都度ブロックチェーン上へデータを書き込むことで、サプライチェーンパートナー間でデータを共有できるようにしています。
まとめ
トレーサビリティは以前から行われている取り組みですが、情報を管理する基盤や自動で履歴を登録する方法が整備されていなかったことから、国内では一部の食品メーカーや工場内の工程管理など、限定的に活用されていました。
しかし、RFID、ブロックチェーンなどの技術の普及・低価格化により、一気にトレーサビリティの活用が拡がっています。特に社会的なニーズが高く、消費者から安全・安心が求められる食品・医療業界では、2025年までに大規模なトレーサビリティシステムの構築が進むと見られています。
以下の記事ではRFIDを積極的に活用しているユニクロを取り上げています。ユニクロの取り組みから学べることは多くありますので、ぜひご覧ください。
RFIDタグを導入したユニクロから学ぶ他業界RFID活用のヒント