在庫管理の効率化や、従業員にかかる負担の軽減、顧客満足度の向上などを目的とし、在庫管理業務にAI技術を活用する企業が増えています。しかし、在庫管理の現場でどのようにAIが活用されているか、詳しく知っている方は少ないかもしれません。
今回は、AIを活用した在庫管理の特徴やメリット、デメリットから、導入の方法、既にAIの導入を進めている企業事例まで、詳しく解説します。
AIを活用した在庫管理の特徴・メリット
在庫管理業務は、円滑な企業経営を行うために欠かせない重要な業務です。しかし、以下のような問題や課題が発生しやすい業務でもあります。
- ヒューマンエラーが多く、業務が効率的に進まない
- 適正在庫の維持が難しく、余剰在庫の発生や欠品が頻発する
- 業務の属人化が進みやすい
在庫管理が抱える問題や課題を解消し、業務の効率化を実現する手段として、近年、高い注目を集めているのがAIを活用した在庫管理です。
では、AIを活用した在庫管理には、どのような特徴・メリットがあるのでしょうか。詳しく確認していきましょう。
関連記事:『在庫管理とは?基本から効率化するツールまで徹底解説』
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高精度な需要予測
需要予測とは、過去の実績や市場調査結果などをもとに、自社の製品やサービスが将来どの程度、購入・利用されるかを予測する手法です。製造や発注、購買などの各計画は、需要予測をもとにたてられることが多いため、より精度の高い分析が求められる業務といえます。
しかし、従来の需要予測は、従業員の経験や知識、勘などに依存することが多く、予測精度の低さ、業務の属人化が課題でした。
AIは大量のデータを分析し、パターンを経験、学習することを得意としているため、需要予測分析業務との相性が良いとされています。つまり、需要予測にAIを活用することで、過去の実績はもちろん、季節、天候、トレンド変化など、さまざまな要因を加味した精度の高い需要予測が可能になります。
関連記事:『AI×需要予測で業務改善!サービスの選び方から導入方法まで解説』
在庫管理の適正化
在庫管理が適切に行われていないと、欠品や過剰在庫の発生に繋がります。欠品が発生すると、販売機会を逃すだけでなく、顧客からの信頼を失ってしまうリスクがあります。反対に過剰在庫を抱えることには、保管、廃棄など、余分なコストがかかってしまう可能性があります。
在庫管理にAIを導入することで、データに基づいた適切な在庫管理が可能になります。需要予測の精度があがり、商品ごとの適正在庫量の把握がしやすくなるため、過剰在庫や欠品の防止にも繋がります。
在庫管理業務の生産性向上
AIを導入することで、これまで手作業で行われてきた業務の自動化が可能になります。棚卸作業や発注業務など、時間や人手のかかる業務が効率化されるため、従業員がより戦略的な業務に集中できるようになります。
また、人為的なミスの削減も期待できるため、業務精度の向上や顧客満足度の向上にも繋がります。
AIを活用した在庫管理の問題点
在庫管理業務にAIを活用することで、さまざまなメリットが見込めます。しかし、適切に導入しないと、十分な効果が得られず、失敗に終わる可能性も高くなります。ここからは、在庫管理にAIを活用する際に注意したいポイントについて解説します。
導入・運用にコストがかかる
AIに対応した在庫管理システムを導入する場合、システム自体にかかる初期費用や、既存システムの大幅な刷新に伴う費用など、多額のコストが必要になります。また、運用を開始した後も、システムの維持管理費用や、従業員へのトレーニング費用、AIに精通した人材の採用にかかる費用など、さまざまなコストが発生します。
そのため、システムの導入を検討する際は、費用対効果を十分に検証し、導入の目的や必要性を明確にしておくことが重要です。
過去の実績データが必要
AIの予測精度は、過去の実績データの質と量に依存します。そのため、データの質と量が不足していると、AIが十分に機能せず、想定した効果が得られない可能性が高くなります。特に、売れ筋ではない商品や新商品など、データ量が少ない商品の場合は、予測精度が低くなる傾向があります。
AI導入時には、有効なデータの収集・整備に、多くの時間と労力が要求される点を念頭に入れておきましょう。
システムが複雑化する可能性も
AI技術を搭載した在庫管理システムは、多機能である反面、運用や管理が複雑になるケースがあります。そのため、ITの知識や経験に長けた人材が社内にいない場合、運用やメンテナンス、トラブル時の対応が適切に行えない可能性が高くなります。
また、既に在庫管理システムを導入している場合は、新たに導入するシステム・機能と既存システムの連携が可能かどうかを必ず確認しましょう。
事前確認を怠ってしまうと、新規導入に費やしたコストや時間が無駄になる、既存のシステムそのものを見直す必要が出てくるなど、さまざまなリスクに繋がる可能性があります。
在庫管理をAI化する方法
在庫管理にAIを導入するにはどのような方法をとればよいのでしょうか。ここからは、実際に在庫管理をAI化する際の手順について解説します。
既存の在庫管理システムにAIを実装する
既に在庫管理システムを導入している場合は、既存の在庫管理システムにAI機能を実装する方法がとれます。
この方法の場合、新しくシステムを導入するよりもコストを抑えてAI化の実現が可能です。たとえば、需要予測機能や在庫最適化アルゴリズムを既存システムに実装することで、現行の業務プロセスを大きく変更せずに、業務効率化を実現できます。
AIに対応した在庫管理システムを新規導入する
在庫管理システムが未導入の場合や、既存のシステムを見直したい場合は、AIに対応した在庫管理システムを新規導入する方法を採用するのがおすすめです。
システムの新規導入を行う場合、既存システムにAI機能を実装するよりも、初期投資が高額になる可能性があります。しかし、自社に適した機能を搭載したシステムの導入ができれば、在庫管理業務の大幅な効率化が期待できます。
AIに対応した在庫管理システムは、数多く提供されています。システムの比較検討を行う際は、必要な機能やコスト、拡張性や他のシステムとの連携性を考慮して、自社に合うシステムを選択しましょう。
AIを活用した在庫管理の事例
業務効率化や在庫の適正化を目的とし、在庫管理にAIを導入する企業は年々増加しています。ここからは、実際に在庫管理にAIを活用した企業の事例を5つ紹介します。
H&M
世界に5,000以上の店舗を構えるアパレルブランド「H&Mへネス・アンド・マウリッツ」では、販売・使用・リサイクルが可能な製品は一切廃棄をしないというポリシーを定めています。
同社では、このポリシーを実現するため、製造や販売にAIによる需要予測分析を活用しています。AIによる需要予測分析では、顧客がどの商品を求めているか、どの程度生産すべきかを高い精度で予測します。さらに同社では、その商品をどの国のどの店舗に、どのタイミングで配分するかを把握するシステムもあわせて構築しました。
AIによる需要予測分析を導入した結果、顧客が求める商品をより多く販売できるようになったことはもちろん、廃棄物や余剰在庫の削減にも成功しました。
参考:「一切廃棄はしない」 H&Mの在庫問題と循環型シフトへの取り組みをサステナビリティ責任者が語る(後編)
イトーヨーカドー
全国に総合スーパー「イトーヨーカドー」を展開する株式会社イトーヨーカ堂。同社では、2020年9月1日から、AIを活用した商品発注システムを全店舗に導入し、運用を開始しました。
導入したAI発注システムでは、価格や商品陳列の列数、天候、曜日特性、客数などの情報をAIが分析し、発注担当者に最適な販売予測数を提案します。発注対象商品は、カップ麺や菓子などの加工食品、冷凍食品やアイスクリーム、牛乳など、グロッサリーや日配品を中心とした約8,000品目に及び、発注担当者はAIの情報をもとに発注判断を行います。
2018年春から、このAI発注システムを先行導入した店舗では、以下のような効果が確認されています。
- 発注作業について、平均約3割の時間短縮
- 営業時間内の在庫切事例の減少
- 適正な在庫数の確保
これまで発注業務に充てていた時間を、接客業務や売り場作りなど、顧客満足度の向上に繋がる業務に充てられるようになりました。
参考:発注業務を効率化し、接客や売場づくりをより強化 「AI(人工知能)発注」の仕組みを全店に導入
出光興産
日本を代表するエネルギー企業のひとつである出光興産株式会社。同社は、在庫の適正化、業務効率化を実現するため、国内28拠点の油槽所(共同油槽所を含む)で、2020年2月からAIを活用した在庫管理を開始しました。
出光興産が導入した出荷予測システムでは、過去の出荷実績や、市場・需要の動向、気象情報(気温、降水量等)などをもとに、AIが各油槽所の主要石油製品の出荷量を予測します。
2018年より先行して行われた実証実験では、レギュラーガソリンの出荷実績と、AIによる出荷予測の誤差を約5%まで縮めることに成功しました。
参考:AI技術を活用した石油製品の在庫管理を開始、国内28拠点の油槽所で
ワークマン
作業服や作業用品、アウトドアウェアを中心に、約10万品目の商品を扱う株式会社ワークマン。同社では、発注業務の効率化や、適切な在庫管理、タイムリーな商品入れ替えの実現を目指し、AIによる需要予測型自動発注サービスの導入を行いました。
ワークマンが導入したシステムの大きな特徴は、商品の売れ行きに応じて、最適なアルゴリズムを自動で選択し、切り替える機能を有している点にあります。具体的には、在庫回転率が低い商品には「自動補充型」を、在庫回転率の高い商品には「AI需要予測型」のアルゴリズムを適用し、需要予測や発注計算を行います。
2021年3月より、先行してシステムの導入を行った店舗(3店舗・対象商品31品目)では、従来30分程度かかっていた発注業務が約2分と大幅に短縮されました。また、平均在庫量を維持できるよう、こまめに商品補充を行うことで、欠品の減少や在庫の適正化にも繋がりました。
参考:ワークマン/「AI需要予測型自動発注」全店導入へ、発注業務を2分に短縮
グッデイ
北部九州を中心に66店舗のホームセンターを展開し、日曜大工用品や植物、園芸用品、ペット用品、インテリア、エクステリア、家庭電化製品、カー用品、事務・文具用品など幅広い商品を扱う株式会社グッデイ。
同社では、業務効率化と顧客満足度向上のため、AIを導入したさまざまな取り組みを行い、成果を挙げています。
- 販売数予測による発注量の最適化
過去3年分の販売実績データ、気象データをAIに学習させ、商品の売上数を予測します。園芸用殺虫剤部門で行った結果、98%の精度を達成しました。
- 花の仕入れ業務の効率化
仕入れ予定の花の画像をAIが自動でランク付けするシステムを導入。あわせて統一した仕入れ基準を設けることで、知識のない従業員でも仕入れ業務を行えるようになりました。
さらに、グッデイでは2024年9月から、スマホで読み取ることで、園芸に関する疑問を相談できる「GooDay園芸サポートAI」の導入を開始しました。このサービスを活用することで、顧客が園芸に関する質問、疑問を気軽に解消できるのはもちろん、店頭スタッフも多様な質問に円滑に対応できるようになりました。
参考:園芸の疑問にすぐに答える 「GooDay園芸サポートAI」 を導入
まとめ
AIを活用した在庫管理は、高精度の需要予測や業務効率化を実現し、企業価値や競争力を高める可能性を秘めています。しかし、適切に運用するためには、コストやデータ整備、従業員への教育等、さまざまな課題が伴うことも忘れてはいけません。
自社の在庫管理にAIの導入を検討する場合は、自社の業務現状をしっかりと分析し、導入の目的や、かけられるコスト、必要な機能等を考慮し、最適な導入方法、システム選択を行うことが重要です。